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2013年1月19日 (土)

酒蔵みてある記 山鶴 中本酒造

 近鉄主催のハイキング「酒蔵みてある記」

 今シーズン 2回目にございます。

 本日は、生駒にある中本酒造さん。 年間造量、五百石と小さい蔵ですが、全量純米酒の酒造りをされている蔵本さんです。 今日は天気もいいし、うずたかく積もったお仕事のことは考えないことにして、いざ、酒蔵へ。

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 出発地点は、学研奈良登美ヶ丘駅です。 酒蔵軍団はすでに出発を始めています。少し遅れて入ったので、恐怖の行列に出くわすこともなく、出発番号703番目の出発です。

 ということは、すでに700人以上の大群が先行しているわけですな。

 てくてくと、まずは、素蘆鳴神社 へ。

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 ところで、素蘆鳴神社 なんて読むかわかりますか?

 お恥ずかしながら、 Taka は分かりませんでした。 “すさのお神社” なんです。 神話のスサノオの命 の すさのお ですね。 どうです。 少しは、お勉強になりました?

 青空の下、気持ちのいいハイキング道です。

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 そうこうしている内に、休憩スポット 高山竹林公園に。 高山は茶筅の里と呼ばれており、なんと、日本の茶筅の90%以上が、この地で作られているそうです。公園に入るとこんな風景が。

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 これは、油抜きをした竹を天日干ししているところで、高山地区の風物詩になっているそうです。

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 気持ちのよい、きれいに整備された公園でした。

 しかし、日本の茶筅の90%を生産するというこの高山。というか、茶筅って、いったい、毎年、どれだけの需要があるのか興味がわきました。

 茶の湯のことはよく知りませんが、茶筅って、どれくらいで消耗するのでしょうか。ベタ庶民の我々にとっては、茶の湯をたしなんでおられる方がどれだけおられるのかも分かりませぬ故、謎が深まるばかり。
 
 

 お昼ご飯を食べた後は、後半の歩きです。

 後半戦のスポットは、 真言宗の長弓寺という立派なお寺です。

 奈良時代に息子の流れ矢に当たって死んだ豪族・真弓長弓(まゆみたけゆみ)を悼んで聖武天皇が行基に開かせたといういわれのあるお寺です。

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 長弓寺を出ると、目的地の中本酒造はもうすぐそばです。

20130119_yamatsuru_07 そして、到着。

 本日の参加者は817名です。 我々の出発番号が703番でしたので、本当に後発組だったみたいです。

 ガラガラ抽選は、残念ながらハズレ。

 昨年と同様に、甘酒を頂いて、試飲会場へ。今年の新酒を3種類頂きました。 山鶴は、もともと辛口のキレの良い酒質を目指しておられますが、やはり、新酒は、少し固い感じがしました。 でも、少し、眠らすと美味しくなりそう。 

 ということで、このお酒を買いました。

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 このお酒は試飲したものではなかったのですが、秋ころに美味しくなりそうと思いました。

2013年1月12日 (土)

正曆寺 菩提酛清酒祭

 年が明けてから何かと忙しい日々が続いており、土日出勤が当たり前になってきました。ですが、この日だけは、どんなに大事な仕事があろうと ブッチ することを決めていました。

 そう、正曆寺の 菩提酛清酒祭 です。

 正曆寺は、日本清酒発祥の地として、ここから現在のお酒(清酒)の原型が生み出されたとされています。

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 えぇ? 仏教では、お酒は御法度なのでは? と思われる方もおられるかもしれませんが、確かに、「不飲酒戒」というように仏教の五戒の一つなのです。

 ですが、大きな寺は荘園をもっており、そこで作られたお米でお酒を醸して献上酒などを作っていたのです。 これを僧坊酒と言って、貴重な収入源にもなっていたようです。逆に、お酒造りは、高度な技術が必要なため確実に技術が伝承できて、しかも、造りには失敗がつきものだったので、失敗(米が無駄になる)したとしても屋台骨が揺るがないだけの経済基盤が必要なため、そういう条件を満たせるのがお寺だったのかもしれません。

 蘊蓄はそれまでにして、万難を排して挑んだこの日。 単にお酒のイベントだと Elli がむくれそうなので、 ハイキング というおまけをつけました。

 まずは、圓照寺という尼寺(門跡寺院)です。

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 このお寺は公開されていませんので、門の外からしか見ることはできませんが、壁に五本の白線が入っています。 昨年の11月に近江坂本の慈眼寺に行った時に仕入れた蘊蓄ですが、この白線が多いほど格が高いとされていますので、かなり高い格の門跡となります。(詳しい蘊蓄を知りたい方は、こちらへ)

 「おお、白線が五本もあるぅ・・・」と感心していると、 うん? なんじゃ?

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 不 許 酒 肉 五 辛 入 山 門

 ふ きょ さけ にく ご からい はいる やま ない ???
 ふ きょ さけ にく ご からい はいる やま ない ???
 ふ きょ さけ にく ご からい はいる やま ない ???

 ああ、漢文
 
 

              酒、肉、五辛  山門より入るを許さず


 オオマイガッ  いきなりのストレートパンチ

 これから、清酒発祥の地へ、清酒祭りなるものを見に行く我々への嫌み?  ショボン




20130112_syoryakuji_04 気を取り直して、再出発です。

 ひなびた大和の風景を眺めながらの快適ルートです。ちょっとした山道もあります。

 また、途中、有機肥料を作ってらっしゃる場所などもあり、香しい香りを嗅ぎながら進んでいきます。 原料を積んだダンプとすれ違うときは少し注意

 

 えっ、何が?  ご想像にお任せします。


 圓照寺と正曆寺との位置関係については、下の地図をご覧下さい。

 

大きな地図で見る

 歩くこと約1時間。 正曆寺に到着です。 もう、お米を蒸しが始まっているようです。タンクを覗かせていただきました。

 

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 暫くすると、住職さんより、この菩提酛の説明がありました。

 蒸しが進むと、蒸気が勢いよく出てきて辺りが良い香りに包まれていきます。

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 お米が蒸し上がると、協力されている蔵の方々が総出で冷ます作業をされます。

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 並んだ、お米達・・・

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 きれいですぅ~

20130112_syoryakuji_10 作業が一段落すると、蒸し米の一部を使って、お餅つきがはじまり、つきたてのお餅が振る舞われます。

 これまた、美味の一言。

 粕汁の振る舞いもあり、冷えた身体に優しいです。

 そうこうしているうちに、蒸し米も冷えたようで、酒母タンクへ仕込みが始まりまったようです。

 

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 さて、 これで一段落ということで正曆寺の拝観に。

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 正曆寺は、紅葉でも奈良県有数の名所です。
 

 秋の紅葉の季節には、このお庭から見る景色は絶景となるそうです。 是非、秋にも訪れたいと思います。

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20130112_syoryakuji_15 さて、酛場に戻ると・・・

 僧侶の皆さんが、無事に酒母が育つことを祈願される厳かな儀式が執り行われています。

 ここで造られた酒母は、今日、協力に来られていた県下の十蔵に配られ、そこでお酒が醸されるそうです。
 

 昨年度に醸されたお酒も、試飲販売されていました。 ・・・これ、買いました。




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 つかの間の穏やかな休日でした。

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2013年1月 2日 (水)

初詣と寒牡丹

 元旦に「飲めや歌えや」(?)の新年会を催した我が一族。翌日からは一転、静粛なる新年を過ごしています(ホンマか?)。その流れで本日は、お正月で最も大切な行い、日本人として欠かしてはならぬこと、「初詣で」に参ることにしました。


 毎年、山城から国境を越えて、大和は遥か南の吉野まで詣でる我が家。

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 Taka曰く、「幼き日から吉野神宮に参っておるので(Takaは大和盆地南部の出身)、途中で神様を変えると、祟りがあるのじゃ。」

  吉野に行く途中には、春日大社とか石上神宮とかあるのに、無視を決め込む近場の偉い神様の祟りとか、あるいは、Elliが幼少より新春に詣でていた、四国八十八ケ所のお大師様のお怒りなどは、如何なるのでしょうか?

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 信心不足の我々の狭隘な杞憂をよそに、八百万の神は公明正大。春日や石上の神様には祟られずに、お陰さまで無事、吉野神宮に到着。拝殿にお参りして、本年の干支の破魔矢などを買い、お神籤を引いて、締め括り(?)に休憩所で吉野特産の葛湯で温まり、今年の初詣を終えました。

 年末年始のもう一つの重大行事、墓参り。Taka & Elli家では、こちらも新年に回ります。と一方、四国のElli出身家では、墓参は年末までに済ませるのが習わし。正月の神様が家におわす松の内に、仏様の領域である墓に行くのは、御法度

 なので、こちらもElliには最大級の不思議です。人に尋ねると、関西でも同様の習慣のことが多いらしよう。ひょっとしたら、Taka家が神道で、お墓にいらっしゃるご先祖の御霊も神なので、「ハレの日」のお正月こそご先祖様にご挨拶、ということかもしれません。

 吉野から進路を南西に取り、葛城山の麓でご先祖様に新年のご挨拶を奉ると、正午過ぎ。我々の住まいからすると、実はここまででも結構な遠出。せっかくなので、どこかに寄ってみることにしました。

 神社は初詣の参拝客が多そうなので避けて、お寺で、そう遠くない所。ということで、葛城山から山続き(?)の二上山麓は、寒牡丹で有名な石光寺へ

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 道の駅「ふたかみパーク當麻」の食事処で昼ご飯を食べようと目論んでいましたが、正月の営業はお休み 手持ちのお菓子で何とか小腹を満たし、大麻の里をプチウォーク。

 短い石段を上って、石光寺山門をくぐると、藁帽子をかぶった寒牡丹が迎えてくれます。寒風に当たって風邪などひかないよう、真綿で大事にくるまれている娘っ子のよう。雪が降ると、そのまま雪ん子のように可憐に見えるのでしょうか。

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 石光寺は、中将姫伝説ゆかりのお寺。奈良時代、お隣の当麻寺に出家していた中将姫が、蓮の糸で織り上げた布をこちらの井戸の水に付けたところ、5色に染まったとか。それを井戸の脇の桜の枝にかけて一夜干してみると、當麻曼荼羅が浮かび上がった、と伝えられています。その井戸が「染の井」、桜が「糸掛け桜」として、今も境内に残っています。また、別の説話では、ある時、ここにある石が光り始め、仏が現れて、そこに井戸を掘るように告げました。そのお告げの通りに井戸を掘ったのが、「染の井」で、石光寺の名は、その光る石に由来する、そうです。

 この話とは別に、「天智天皇の世、この地で大きな石が3つ光を放っていたので、掘ってみると弥勒三尊の石像が現れたため、役行者を開祖として、石光寺を勅願した。」という話があり、こちらが石光寺の縁起とされています。実際、境内の弥勒堂には、立て替えの時に出土した七世紀末の白鳳期の石仏の頭が大切に展示されています。

 古代、二上山麓には石切場があり、また大和盆地から難波津へ抜ける竹内街道が通る交通の要所、、また、二上山上は異界が広がる浄土空間と、この地が、文化・宗教・産業・交通、多方面で、大和朝廷にとって重要であったことが伺えます。

 

 お庭には、牡丹の株の間に、与謝野晶子・鉄幹夫妻や、中将姫伝説を題材に「死者の書」を著した折口信夫の歌碑もありました。いろんな興味を引きつける所です

 

 新春恒例のお務めも無事に済ませ、冬の花も楽しみ、よいお正月でした。


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2013年1月 1日 (火)

いい年にな~れ 2013

あけましておめでとうございます。

 毎年、新年を TV東京のジルベスターコンサートのカウントダウン演奏で迎えているのですが、本年は、前年とは異なり大成功で迎えることができました。 

 少しは、いい年になるのかなぁ。
 
 

 今年も、夕方、 Taka姉家がお年始にやってきて、新年会。 12月24日にクリスマスパーティをやったばかりやろってな感じですが・・・

 

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 今年は、 Elli が、なぜか石を製造する胆嚢を摘出するなど大イベントが控えていたりします。何事もない平穏な一年になりますように・・・

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