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2012年6月17日 (日)

春日大社でお酒の講義を拝聴する

 古事記編纂1300年。

 やはり、古都に住まう者の義務として、古を想い、古に学ばなければと思い立ち、向学心を奮い立たせて、恭しくもかくなる講義に参加してきました。

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 講師の岡本権宮司は語り口が軽妙なのと、「出典は原著から」を信条とされていて、よく調べ上げられた話はとても為になるものでした。 図らずも、お題が「祭とお神酒」ということで、お酒には少しですが興味のある Taka でしたので、興味深く拝聴させていただきました。

 なんでも、日本人。古の頃よりお酒を嗜んでいたそうで、魏志倭人伝(正確には、『魏志東夷伝』倭人条 ということも恥ずかしながら初めて知りました。)に日本人のことが次のように書かれているとのことでした。

    「人性嗜酒」   酒を嗜む人たち

    喪に際し「歌舞飲酒」

 うーむ。  この伝統は守らなければと決意した次第です。

 講義の後は、春日大社内の「お酒」にまつわる箇所を案内していただきました。

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 江戸時代に菊屋という造り酒屋からの献燈籠です。 講義の中でお話がありましたが、奈良の地で醸されたお酒は「南都諸白」として 徳川家康の「奈良酒をもって最上となす」という言葉の下、将軍家の御膳酒屋として菊屋治郎左衛門が一世を風靡したとのことです。当時、菊屋のお酒には、

  ・酒税が非課税

  ・米の不作による醸造制限も非適用(何があっても酒を造るということですね)

  ・勝手な売買譲渡が禁止(将軍家と、大名家に限る?)

されるという破格の待遇を受けたとのことで、春日大社にも複数の献燈籠があるそうです。

 さて、次に案内していただいたのが、春日大社の醸造所である「酒殿」です。

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 春日大社では、現在もなお、神事の一環として僅か(3石 = 540リットル)ですがお酒を造ってらっしゃるとのことでした。

 春日大社造営の歴史として、本殿よりもこの酒殿が先にできたそうです。まずは、神事に必要なお酒が先だったのですね。

 回廊も案内していただきました。

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 美しい回廊です。この曲線美は造営の際、自然の地形を残したまま、建物の形を合わせていったことにより生み出されたものだとのことでした。

 当時に想いを馳せながら春日大社を後にすると・・・

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 あれっ、なんとなく アンニュイ なお鹿様達が・・・

 宮島のアンニュイ鹿(コチラを見てね)を思い出しました・・・

20120617_kasugataisya_06 公園内の水谷茶屋でわらび餅を食べて帰途に着きました。

 いい一日でした。

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2012年6月16日 (土)

姉家とのすきやきパーティ

 Taka姉家より「で、いつ、すき焼きパーティするん?」といわれ続けていたのですが、年明け以降、色々と忙しく、また、Elli が胆石入院するなど、ばたばたとしていたので、延ばし延ばしになっていました。

 あんまり、のばすと、夏に突入して、汗だくになりながらすき焼きを食らうのも辛くなってくる(じゃ、やめればいいじゃんとも思うのですが・・・)ので、本日、決行いたしました。

 いつもこのブログでは、お肉さんの写真をデフォルメ調に演出していましたが、今日は、野菜をメインで、すると、すき焼きも少しは健康的な食べ物に見えませんか? ほらっ。

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 ところで、すき焼きと言えば、霜降った肉と生卵がつきもの。 実は、胆石Elli にとっては、どちらも劇物なのです。 脂肪分が悪いのは分かるのですが、なんでも、生卵もいけないらしいのです。

 生卵が身体に入ったと知った胆嚢さんは、大収縮して胆汁を大放出するらしいのです。そして、この時、胆嚢にあるお石様が一緒に「こんにちは」するとのことらしいのです。

 ということで、 Elli 様には、スペシャルディナーをご用意。

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 以前は、 Taka の健康(メタボ防止)の為に、このような お魚パーティ を提唱していましたが、メタボとは無縁の Elli が一抜けしていきました。 人生って分からないものですね。

梅仕事 ~本番~

 昨日、会社から帰った後、届いた梅の実 5kg と更にスーパーで買い足した2kgの梅の実 合計7kgをひたすら洗い、漬けるための瓶を熱湯消毒したのですが、この熱湯消毒、下手をすると、パリンッ って気持ちのいい音をたてて割れて下さいますので、とても気を遣うのです。全ての準備作業が終わったのが午前3時。

 へたり込むようにベッドインして迎えた今日。 梅雨らしい雨の中、梅を漬けていきました。そして出来たのがこの子達。

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 左から、黒酢梅酢、黒酢梅酢、梅シロップ、梅酒(ホワイトリカー)、梅酒(ブランデー)。

今年の梅仕事も終わりです。 逆に去年漬けた梅酒の瓶から梅の実を取り出し、瓶を入れ替えました。

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 いい色に仕上がっていますぅ。

 至福の一杯でした。

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2012年6月15日 (金)

梅仕事 ~準備編~

 今年も梅の季節がやってきました。 

 天候不順で、梅の花と桜の花見が同時にできるなど、年を追う毎に変な気になっていき、今年の梅の実も影響を受けているとのこと。 そんな中、月向農園さんから注文していた梅が送られてきました。

 立派な梅たちで安心しました。

 まずは水洗いです。 この時の楽しみが、これ、まるで梅の実が氷に包まれたように見え、涼しげに目を楽しませてくれます。

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2012年6月 7日 (木)

大仏鉄道を歩く

 Elli退院から一週間。入院中は点滴でずっと絶食。若干やつれたものの、退院後は旅行だろうが登山だろうが何をしてもよいとの主治医の言を受け、直後の週末で徳島1泊2日。特に疲れもなく過ごせたので、ちょうど一週間目となる本日、ウォーキング復帰を試みることにいたしました。行き先は、いっしょに歩く方の希望もあり、

              大仏鉄道

 ウォーキングなのに鉄道?って、感じですが、鉄道に乗車するのではなく、明治期に9年間だけ使われ、廃止になった関西鉄道の遺構を辿るハイキングルート。その名の通り、奈良の大仏へ参詣客を運ぶべく、京都府加茂と奈良を結んでいました。鉄道愛好者のみならず、京都と奈良の境に位置するこの辺りでは、近年とみに人気のコース。(ちなみに、Takaはレール跡のない廃線には興味なし

 梅雨入り前のこの時期、気温と湿度が心配でしたが、平地を歩くにはちょうどギリギリの体感。JR加茂駅~JR奈良駅間の全行程13km、なんとか踏破できました

 午前10時半すぎ、JR加茂駅を出発。現在のJR関西本線に沿うように点在する遺構を、点と点を結ぶように辿ります。人里離れた野辺の茂りの中に、線路に沿って残る古びた赤煉瓦のトンネルや橋梁が、初夏の緑に埋もれています。 

20120607_daibutsutetsudo_01 JR加茂駅を出てすぐ、赤煉瓦のランプ小屋があります。

 煉瓦の積み方は、オランダ積み。その名の通り照明灯や灯油を保管していました。

 ほどなく、線路脇にSLが保存されています。塗装も綺麗で、大仏鉄道を残そうと活動する方々の熱意が伝わってきます。

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20120607_daibutsutetsudo_03 いったん線路を渡って、のどかな水田の田植えを見ながら、再び関西本線の線路に合流するように歩いていくと、観音寺橋台が現れます。

 明治時代は土木工事も赤煉瓦。情緒があります。

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 ここからは、しばし竹林の中を行きます。緑風に、心も体も涼みます。

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 竹林を抜けると、鹿背山橋台。次に、ゴルフ場を過ぎた所に、梶ヶ谷隧道が現れます。農道と水路を確保するためのトンネルで、こちらの赤煉瓦はイギリス積みだそうです。

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 隧道をくぐると、草原が広がり、真ん中に何故か赤銅の水門のようなオブジェ。2年前、アートフェスティバルの時のオブジェだそうです。不思議にマッチしています。

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20120607_daibutsutetsudo_08 赤橋の所で、偶然に大仏鉄道の第一人者の方と出会い、これからの見所をいろいろえて頂いた上、廃線巡りの詳しい絵地図をもらいました。

 ここまでは、大仏鉄道研究会がHPで公開している地図と、木津川市観光協会の案内板を頼りに歩いて来ましたが、今ひとつ分かりづらかったので、この絵地図は助けになりそうです。

 左手に水田を見下ろしながら歩いて行くと、大きな車道に出ました。ここでほどなく、昼食・・・のはずが、このあたりから観光協会の案内板がなくなり、しかも地図が2種類とも一旦途切れているため、まっすぐ進むべき所を左に折れてしまい、そのまま間違った方向に進んでしまいました。10分近く歩いても次に来るべき所に出ないため、道迷いに気づき、地元の方に道を尋ね、同行の方の土地勘で目指すべき道に戻り、何とか1時過ぎに昼食予定地の木津ソレイユ付近に到着

 この界隈では評判の「無国籍ダイニングうずまき」で、名物のおこげランチ デザートのプリンも美味しく、1時間近く、しっかり涼んでしまいました。梅雨入り前のウォーキングの熱気もすっかりリフレッシュして、午後の部、再スタートです。

 ここから奈良市へ入ります。車道沿いにしばらくまっすぐ進み、頂いた絵地図に従って、田んぼの中の道に降ります。緑あふれる、のどかな散歩道 しかし、案内板がないため、実に分かりにくい 折れるべき所を行き過ぎて、またまた道迷い 通りがかりのおじさん、はてはミニパトの婦警さんに道を尋ね、ようやく元の道へ。30分近い回り道です。近年人気が高まり、歩く人が増えている大仏鉄道。道標を整備して欲しいものです。

20120607_daibutsutetsudo_09 黒髪山トンネル跡をくぐり、鴻池運動公園を右手に見ながら、「老春の家」で大仏鉄道の資料を見学。

 途中で絵地図をくれた方の著作が多数あり、本当に今日は偶然にも凄い方にお会いしたのだと実感しました。

 佐保の住宅街の中にある畠山製菓で、大仏鉄道の絵を入れた手焼き煎餅をお土産に買い、ついに到達点の「大仏鉄道記念公園」到着

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 明治31年(1898年)の開通時、奈良側の起点となる大仏駅があった所です。(ちなみに、東大寺の大仏様までは、ここから1.8km)現在は、記念碑と車輪のモニュメントだけが、往事の名残を伝えています。

 この後、JR奈良駅まで歩いて、ようやく本日の旅程は完遂となりました。時刻は、17時 案内板不備でふらふら彷徨ったおかげで、正味13Kmの予定が、歩数計では15km、歩数にして3万歩。リハビリにして、本格始動の一日となりました。

 本日の結論・・・「何をしてもよい」という主治医の言葉は、正しかった

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2012年6月 6日 (水)

今世紀最後の金星太陽面通過 を見た話

 金環日食を見てちょうど2週間ちょっとが経ちました。

 そして、今日。 金星が太陽面の前を横切るという

                    金星太陽面通過

なる少し地味な天体ショーが繰りひろげられます。

とは言っても、金星さんにしてみれば、

   オイラはいつも太陽の前を横切っているよ。けっ

ってなもので、勝手に太陽面通過とか言わんでくれよなって感じですが・・・

 我々、地球人にしてみれば、太陽の前を通り過ぎて行くように見える金星さんのお姿を見ることは今日を逃せば105年後らしいのです。 すなわち、この機会を逃そうものなら、次に見ることは、

                             絶対に無理!!

 「絶対」という言葉を厳に慎んでいる Taka ですが、これだけは流石に保証できます。Elli様ではございませぬが300%保証どころか、万一違えば、その時はお命差し出させていただきます。

 で、見ましたよ。 これっ

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 お月様に比べれば可愛らしい金星さんが健気にも太陽にホクロをつくっていらっしゃいます。 金星は地球と同じくらいの大きさですから、今更ながらに太陽の大きさを感じた一日でした。

2012年6月 2日 (土)

 Elliの入院騒動も終わり、このたび晴れて退院することができました。

 で、今度は徳島で入院されているElli父のお見舞いに実家のある徳島に。 なんか、今週は病院週間

 ところで、ちょうどこの季節。Elliの実家近くを流れている川に蛍が舞います。

 夜8時頃、勇んで河畔に繰り出しました。川面までは若干距離があり見おろすような形での鑑賞となります。

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 儚い光が一服の清涼感を与えてくれる一時でした。

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