« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月26日 (火)

第62回正倉院展 ~螺鈿紫檀五弦琵琶~

20101026_shosoin_01 この時期になると開かれる正倉院展。人混みの苦手なTakaは置いておいて、ここ数年、一人で通っているElli。1300年祭の今年は、きっと凄い人出になりそう でも、もしや1300年祭という記念の年なので、超のつく名品が出るのではと思いきや、かの至宝「螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」が、出品されるというではありませんか これはもう、根性で行くしかありません。

 ホームページで現在の待ち時間をみると、入館まで30分 正倉院展では、許容範囲です。午後2時過ぎ博物館に着き、列に並ぶと、待ち時間を有効に過ごせるよう、読売新聞の正倉院特集を無料でもらえたり、頭上に設置されたテレビで過去の展覧会の解説映像などが流れたりしています。見ているうちに時が経ち、入館です。

 正倉展では、展示品の多くが、聖武天皇や光明皇后の遺品や、東大寺の大仏開眼会で使われた品々。ちょうど「大仏開眼」のドラマを見た後なので、ゆかりの人物のイメージ、当時の色合い・雰囲気などをくっきりと思い浮かべながら、見ることが出来ました

 まずは、「繍線鞋(ぬのせんがい)」。 光明皇后が履いたかもしれない、錦と絹でできた室内履き 文様も美しく、布製品が傷みながらも、ここまで残っていることに驚きます。また、大変小ぶりで、当時の人の小柄さが忍ばれます。

 「銀壺(ぎんこ)」は、読んで字のごとく、高さ50cm、直径62cmの大きな丸い銀の壺。一面に、葡萄や馬を駆る狩人、羊や鹿、天馬線などの線刻文様が施され、異国情緒ただよう優美な逸品 

 「種々薬帳(しゅじゅやくちょう)」は、光明皇后が献上した薬材の目録 ドラマ「大仏開眼」では、ひたすら藤原氏の権力集中を推進する政治家でしたが、実は、孤児院や医院を造り、仏道を実践した慈悲深い人柄で知られています。ドラマではこうした面も描いて欲しかった、という希望はさておき、薬の実例で「五色龍歯(ごしきりゅうし)」なるものが展示されています。そこそこ大きな白灰色の固まり。正体は、なんとナウマン象の歯 効能は、鎮静・鎮痛だそうですが、本当に効くんでしょうか・・・

 さて、大・大・大本命の「螺鈿紫檀五弦琵琶」。展示ケースの前に仕切りロープが渡され、行列が出来ています 少し遠巻きでもよいなら並ばずとも見えますが、間近で見るには再び行列に15~20分ほど並ばねばなりません。しかし、ここでも待ち時間を有意義に過ごせるよう工夫され、天井からは実際に五弦琵琶をつまびいた音色が流れ、また、琵琶の周りを回るように行列が進んでいくので、少しずつ違う角度から琵琶を眺めながら近づけるようになっています そうして、目の前に現れた琵琶は・・・

 他のどんな宝物とも、違う次元にありました。これまでに見た「白瑠璃碗(はくるりわん)」、「平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいはっかくきょう)」、やはり琵琶で「紫檀木画槽琵琶(したんもくがそうのびわ)」も、忘れがたい美しさでした。が、「螺鈿紫檀五弦琵琶」は、それらを凌駕する、たとえようもない美を呈していました。

 表の螺鈿文様、ナツメヤシの樹下、駱駝の上で琵琶を演奏する人物の図。振り返る駱駝の表情も生き生きと、もはや一服の絵画

 背面の黒味を帯びた紫檀に散らされた、一面の華麗な唐花紋。紫檀の木地の黒と、唐花を形作る貝の銀が、花芯を成す琥珀の紅を、、艶やかに引き立てます。精緻な螺鈿紋様は、柄や側面にも施され、隅々まで行き渡った見事さです。工芸品を超えた、特別の美術品です。

 それにしても、木製の楽器がこんな良好な状態で、よく今日まで残った物です。当時は、日本にこれほどの高度な螺鈿の技術はなく、唐で作られたと推定されるそうです。海を越えて伝わった、世界的にも貴重な御物のなかの御物、宝物のなかの宝物。行列しても見る価値がある、一生のうちに一度でも見る機会を得たことを幸福に感じる、素晴らしい文化財でした

2010年10月24日 (日)

悲願達成 お刺身パーティ ・・・しかし

 これまでも何回か書いていますが、我が家は、Taka姉家とよくパーティをします。そして、いつの頃からか我が家がホストになるときは何故か「すき焼き」を振る舞わないといけないのです。

 こんな感じで・・・

 20101024_party_01                     過去のすき焼きパーティ 

 しかし、考えても見てください。この霜降りの肉を、甘~い割り下で味をつけて、最後には卵をまぶしてとどめを刺すという、メタボ人にはこれだけでも殺人コースとして十分なのに、甘くなった口をビールやお酒ですすぎ直すという・・・ まさに

 殺人フルコース

と言えましょう。仙人のような暮らしでメタボから脱皮した Taka としましては是非とも避けたいところで、かねてより

 ヘルシーお刺身パーティ

を提唱してきたのであります。しかし、メタボとは縁のない方々からは理解されるべくもなく、肉をむさぼるパーティに甘んじてきたのでした。

 しかしです。ようやく春が来たのです。今回は、Taka姉家が

20101024_party_02

 なる極上のお酒を手に入れたので、

 ならば、Taka家主催でパーティーをば、なお、料理については Taka家 にお任せあれと刺身パーティを画策したのでありました。お酒一本でパーティにご招待していただけるならと Taka姉家も料理については注文はありませんでした。 

 しめしめ、やはり日本酒に合うのはお魚。 これで、すき焼き一直線から思考の構造改革をしてやるゥ~。 ただ、万一、魚だけでは ご不満 があっては困るので、一応、焼き肉の用意もしておきましたが。

20101024_party_03

 どうです。 なんと健康的な風景でしょう。 あぁ~ 麗しきかな(お腹の脂肪に・・・)

しかし、このようにして刺身をついばみながらお酒をいただくという正道日本人の食事をしていたのもつかの間。 やはり、お肉がご所望のようで、二次会お肉編にパーティは移行したのでした。

20101024_party_04

 はぁ~。しかも、「やっぱり、焼き肉にはビールよね」ってなノリで、飲み物までビールに!!

 はっきり言って、

               作戦失敗

でした。 やはり Taka姉家 は肉食動物なのでしょうか。

NHK古代史ドラマ『大仏開眼』

 再放送で、やっと観ました 前編は、遣唐使・吉備真備の帰国から、恭仁京遷都まで。展開が駆け足で、真備の17年におよぶ唐留学の場面がないために、どこがどう偉大なのか具体的に伝わってきません。主な人脈と役職だけを時系列でなぞり、よく分からぬ間に出世していた、という印象 後半は、大仏開眼から恵美押勝の乱まで。前編の約3倍の年月ですが、真備と藤原の仲麻呂の葛藤に焦点を絞ったおかげで、放映時間とストーリー展開の尺が合い、緊張感のある展開かつ深みのある内容で、見応えがありました

 俳優の演技、衣装も素敵でした。女性陣は、どの配役も役柄とよく合い、特に孝謙天皇の石原さとみは、中性的な存在感に凛とした気品、溌剌とした意志を感じさせ、志と輝きに満ちた皇女そのもの 天平衣装も眩しいまでに似合い、始終目を奪われました 衣装といえば、男性陣も朱や紫、緑など、非常にカラフルで美しく、日本史上もっとも色彩がきらびやかな時代では、と思います。

 男性陣は、はじめは皇族や貴族にしては地味な配役に思えましたが、ドラマが進むにつれて、その内面の演技に納得。聖武天皇を演じた「かもかのおっちゃん」國村準さんは、まつりごとに誠心誠意を尽くす為政者の心を、見事に表現 藤原仲麻呂の高橋克美も、権力を追う余り自らを追い込んでいく姿が、いたいほどに出ていました。

 白眉は、なんといっても行基と玄昉 行基役は、笈田ヨシさんという、主に舞台で活躍されている方でしたが、つつましくも何者にも屈しない意志のにじみ出た佇まい、仏に帰依するものの滋味、まさに「行基さん」そのもの 玄昉の市川亀次郎さんにいたっては、心の裏まで取り憑かれたような、鬼気迫る怪演 従兄弟の香川照之を彷彿としながらまた別物の、ぞっとするほどの強烈な迫力 行基さんと玄昉は、もうこの2人以外で想像できません。

 惜しむらくは、吉備真備役の吉岡秀隆 渾身の熱演で、本人比で威厳も出しているのですが、その優しげな風貌のため、どうしても迫力不足に見えてしまいます。 本人のせいではなく、キャスティングの責任でしょうか。武人肌の仲麻呂との対比で、柔和な文人肌の真備、という演出意図はよく分かるので、穏和ながらドスの出せる堺雅人か、70超晩年まで演じることを考えて、上川隆也でもよかったかもしれません。

 それにしても、吉備真備。卓越した学者にして政治家、軍の指揮官。加えて、音楽や天文にも造形のある文化人。しかも生還率6割の遣唐使で、2度も帰国を果たす強運の持ち主にして、この時代に珍しい81才という長寿 超人すぎます 無理を承知で他の時代、例えば幕末の人物にたとえるのと、坂本龍馬と西郷隆盛を合わせたような存在でしょうか。真備を中心に、聖武・孝謙両天皇から橘諸兄、鑑真和上、阿倍仲麻呂まで、奈良時代のほとんどの人物を周りに配すことができます。また、2度の遣唐使派遣から奈良朝の政治の中枢での活躍まで、まさに時代を作った中心人物の一人として、波瀾万丈の生涯です。

 NHKさん、もう戦国時代は結構です どうかぜひ一度、大河ドラマで、古代史を取り上げてください。壬申の乱なんかも、きっと劇的ですよ~

2010年10月22日 (金)

またまた平城宮跡 ~ まゆまろ&西の京 ~

 昨日に引き続き、今日も雲がちな空 今日の予定は、平城宮跡・大極殿と、西の京の古刹、薬師寺と唐招提寺。遠来の客のため、天平の甍が映える青空になって欲しいですが、天気予報は微妙 それでも、昨日よりは穏やかそうです。

 西大寺駅のシャトルバス乗り場に行くと、すぐに乗れた昨日と違って、行列 歩いた方が早そう。徒歩のルートも、人が次々つながって、とぎれません。大イベント終盤の人出は凄いです

20101022_nara_01  大極殿の左隣に、天平衣装体験の受付があります。料金300円で1時間は、大極殿を見学して出てくるのに、ちょうどいい時間 せっかくなので、借りることにしました。天平衣装で大極殿の上から広大な前庭を見下ろすと、まるでいにしえの殿上人になったかのよう・・・と言いたいところですが、前庭には週末の野外コンサート、大極殿音絵巻の座席となる椅子がびっしりと並んでいます 仕方なく、屋内の原寸大鴟尾の前で記念撮影し、大極殿を後にしました。

20101022_nara_02a  前庭を出ると、南門の前で天平装束の芸人さんが2人、ジャグリング(お手玉)や一輪車の軽業を繰り広げています。「平成散楽」なる、天平時代の大道芸を再現する催し 特に時間等調べてなかったので、見ることが出来て、ラッキー でも、天平時代に一輪車なんて、あったのか…?

 交流広場に行くと、まほろばステージの横に、大きなタマゴのような着ぐるみが出現  近づいてみると、来年京都府で開かれる国民文化祭のキャラクター「まゆまろ」

20101022_nara_03

 その存在は、おそらく、京都府民以外には知られていないと思われます まゆまろ公式HPによると、その誕生は紀元1世紀以前に遡るとか。平安京どころか、平城京、邪馬台国よりも古いって・・・まさに、京都妖怪伝説 そのおどろおどろしい素性(?)とは対照的に、まんまるな巨体は愛らしくユーモラス 短い手足でめいっぱい飛びはね、下手をすると転びそうですが、カメラを向けるとしっかりポーズを取ってくれました。・・・しかし、「せんとくん」はどこにおるの?

20101022_nara_04  平城宮跡から、直通バスで西の京へ 唐招提寺門前の土産物屋さんで、にゅうめんで軽く昼食 あっさりした白つゆが、喉越しのよい麺に合います。唐招提寺の南大門をくぐると、正面に金堂。遷都1300年祭に合わせて平成の大修理を終え、大きな屋根とエンタシスの柱の並ぶ、悠久の佇いを見せています。大陸的ながら、清浄な空間。いつも静かで、Elliがこの世で一番好きなお寺・・・のはずが、ここも人・人・人 数年前、開山忌に東山魁夷の障壁画を見に来たときですら、閑散としていたというのに、恐るべし、1300年祭せんとくんパワー

20101022_nara_05 

 気を取り直して境内を廻っていると、礼堂の回廊に、僧侶の方々が出てこられ、何やら台をしつらえています。前方には、見物の人だかり。私たちも駆け寄ると、台の上には、金銅の小さな塔。僧侶の方が塔の裾に垂れた幕を払うと、中から首を突き出した亀の姿が顕れました。国宝の金亀舎利塔です 中には、鑑真和上請来の「如来舎利(お釈迦様の遺骨)三千粒」のうち、10粒が収められているとか。横でテレビカメラが撮影しています 普段は礼堂の中に安置され、秋のこの時期だけ特別公開しているのを、さらに寺院の公式記録撮影のため、外光にあてるべく回廊に運び出した様子。まさに、千載一遇 本当に幸運です。

 ありったけの御利益をいただいて、次は薬師寺へ。薬師寺はずっと伽藍の再建中で、これまで何回か来たときは、必ずどこかが復元工事中でした。しかし、今年は全ての伽藍が完成。最初に復元された西塔など、当時のままの姿で伝わる国宝の東塔と比べるとあざとく見えたものですが、伽藍が全容を現した今、見事に溶け込んでいます むしろ、再建の建造物は色彩が見事で、屋根の両端の天へとはねるような姿、重厚な甍の色、白い壁面に鮮やかな柱の朱塗りが、華やかなりし天平の頃を彷彿とさせます

20101022_nara_06

 東塔の第一層が特別公開されていました。塔の全てを支える心柱。これまで経てきた時も、支えているかのようです

 玄奘三蔵院伽藍の、平山郁夫筆「大唐西域壁画」は、8年前に来たときは一枚一枚の絵を間近で見た記憶がありますが、今は、天井のラピスラズリを保護するためか、メインの絵が並ぶ三方の壁はガラスで仕切られ、少し離れて眺めるようになっていました。残念ですが、実は、この絵にはとても適切な距離 チベットの白銀の峰や砂漠の谷の、克明で深い陰影は、少し離れている所から観てはじめてくっきりと現れ、鋭いまでの乾いた空気が感じられます。実際にこの地を訪れたことのある友人も、現地の光、空気がそのままだと、目を凝らしていました。

 薬師寺を出て、大池へ。歩くこと20分、夕暮れ迫る大池に着くと、観光バスが乗り付け、三脚に一眼レフを構えた一団がすでに陣取っています。こんな所まで団体さん 今年の奈良はすごい集客力です。水面越しに、暮れなずむ若草山に浮かび上がる薬師寺の2つの塔。西の京での一日の終わりに、去りがたい風景でした。

20101022_nara_07

 夕食は奈良の市街へ戻り、「玄米菜食 こころ」へ。名前の通り、自然な素材に自然な味つけ。定食の「こころプレート」は3種類のおかずがついて、食後の紅茶とデザートもつけて、なんと1200円 昨日のお昼に続いて、身体にも財布にも優しいお店に出会え、充実した奈良での2日間でした

2010年10月21日 (木)

平城宮跡 再び + 奈良町散策

 剣山から帰って、4日後。お仕事にいそしむTakaを尻目にElli、前回の訪問から一ヶ月も経たないうちに、再び平城遷都1300年祭の会場を訪れました。兵庫からElliの友人が来てElli宅に一泊、いっしょに大和路巡りをすることになったのです。今日はあいにくの曇り空 行き先を、雨天時は屋内に駆け込める平城宮跡「歴史館」と奈良町界隈に定め、いざ出陣です。
 前回は乗り損ねた(?)西大寺駅からの無料シャトルバスに乗車。会場に着いて驚いたのは、人の多さ 今にも雨の降りそうな曇天にもかかわらず、観光バスからどんどん修学旅行やツアーの団体さんがはき出されて来ます。歴史館の整理券をもらうと、入れるのは一時間後。前回同様、朱雀門を覗いて、フードコートで昼食を摂ることに。奈良らしいものを食べようと、「四季旬菜大和路」の出店で、目張り寿司と大仏うどんのセットを注文。「奈良にうまいもんなし」と言いますが、ところがどうして。大仏うどんは幅広の麺に白味噌ベースのまろやかなスープ、目張り寿司は奈良漬けを混ぜ込んだコクと品のある味。舌にも胃にも財布にも(一食550円)優しく嬉しい一品です
 歴史館に入ると、これまた人が多く、遣唐使船復元展示では人が途切れることもありましたが、映像上映では見やすい席を確保するのに一苦労 メインの平城宮VFX映像は、右端からの鑑賞となってしまいました。思えば、1300年祭閉幕まで残り2週間。混雑も無理はありません。

 歴史館を出ると、小雨がパラついています。大極殿は晴れ間が広がりそうな明日に取っておいて、シャトルバスでJR奈良駅へ。三条通を歩いて、奈良町へ出るべく餅飯殿(もちいどの)商店街へ。数年前はシャッターが下り、閑散としていたのに、様子が一変 土産物屋や食べ物屋、洒落た雑貨屋などが一面に軒をつらね、奈良町へ抜ける観光客で、大変賑わっています。奈良は10数年ぶり、という友人も、その華麗なる変貌に目を丸くしています
 はじめに、奈良町の東端に近い今西家書院へ入ってみました。美しい庭に面した書院を眺めていると、スタッフの方が出てきて、特徴を丁寧に説明してくれます。随所で珍しい作りになっていて、書院のある上段の間は、畳を外すと創建当時の室町時代の板敷きに変貌。また、普通は障子が2枚あれば溝も2本ありますが、こちらの猫間障子は、1本の溝に障子が2枚はまり、閉め切ると大きな一枚戸に見えます。茶室も、にじり口がなく、天井には龍の画。繊細かつ剛毅な風です。庭園に目をやると、垣根越しに『春鹿』の看板が。『春鹿』といえば、Takaも大好きな奈良の酒 何でも、春鹿の醸造元を営む今西家は奈良の名士で、この書院も、今西家が興福寺大乗院家の坊官を務める福智院氏から譲られたものとか。春鹿ゆかり、ということで、Takaにとっても近い将来の必須スポットとなりました。
 書院を出て、奈良町の中心部に向かって、古い家並みの中を歩いていくと、「吉祥堂」と書いた看板の下に「庚申さん」と呼ばれる朱い布の猿が一面にぶら下がった家があり、「奈良町資料館 入場無料」の札。が、土日しか開いておらず、休館。Elli、奈良町は何度か来ていますが、なぜかいつも平日のため、ずっと入り損ねています

20101021_naramachi_01  諦めて、「ならまち格子の家」へ。奈良町の標準的な町家を再現しており、2階へと登る箱階段、吹き抜けに煙窓のある台所など、生活の知恵が見えます。台所の壁には、2階の高さまで小さな窓がいくつも付いています。窓には下からは縄がわたされ、スタッフの方が縄を引いたり弛めたり扉の開け閉めを実演してくれました。賢い仕掛けです

20101021_naramachi_02  

 「格子の家」を出ると、もう夕暮れ。漢方薬局を覗いた後、帰路に着きました。奈良巡りは、明日も続きます。

2010年10月16日 (土)

Taka 初の四国登山 -剣山- PARTⅡ

 無事、剣山登頂を果たし終えた我々が向かった先、それは次郎牛、 あっ、 もとい次郎笈です。

20101016_tsurugisan_12

 写真からも分かりますように剣山の山頂からはほぼ稜線づたいに行くことができますのでとっても楽です。それでは、次郎笈への道々で撮った写真をご覧下さい。

20101016_tsurugisan_13                       まさに錦繍の秋です

20101016_tsurugisan_14                     足下にはりんどうの花が

20101016_tsurugisan_15                  頂上も間近・・・何となく懐かしい景色

 そして、次郎笈へ到着です。

20101016_tsurugisan_16

 来た道を振り返ると・・・

20101016_tsurugisan_17

感慨もひとしお・・・

 次郎笈の山頂で、宿で作っていただいたお弁当を食べ、下山することにしました。帰りは、トラバースルートを辿ってみました。 トラバースルートは山の斜面に切られた道で、遠くからでも道が付いていることがよく分かります。

20101016_tsurugisan_18                     ほら、山腹を見てください。

20101016_tsurugisan_19a                     Elli~ 人生が嫌になった?

というようなおふざけもできます。

 そうこうしているうちに再び剣山に戻ってきました。空の青色、紅の木々、緑の笹に立ち枯れた白いトウヒのコントラストが素敵です。

20101016_tsurugisan_20

 色々と楽しませてくれた剣山ともお別れして下山の途につきました。それでは、下山途中の写真をお楽しみ下さい。

20101016_tsurugisan_21                      歴史を感じさせる木・・・

20101016_tsurugisan_22                    西島からの見納めの紅葉です

20101016_tsurugisan_23                 さすがに疲れたので下りはロープウェイで

 この後は、疲れを癒やすために、その名も「奥祖谷いやしの温泉郷」に寄り、温泉につかってからお家に帰りました。(もちろん、酷道に涙を流しながら) 

 

Taka 初の四国登山 -剣山- PARTⅠ

 毎年、お盆の時期には Elli の帰省を兼ねて徳島に阿波踊りを見に行っていましたが、今年は、あまりにも暑く溶けて無くなってしまうのではないかという心配と、また、毎年、阿波踊りに出場している Elli弟君 も今年は踊らないことから、今一盛り上がりに欠けてしまいパスすることとなってしまいました。 その代わり、涼しくなって紅葉も見ることのできる秋に登山を兼ねて四国にわたることになっていました。

 四国で登山・・・

以前より、Elliに勧められてはいましたが、今一、気分の乗らないTakaがそこにはいました。「四国でお遍路」 とか 「四国でポンジュース」などであれば何となく「そぉーよね」みたいな反応もできようものですが、「四国で登山」と言われても、なんとなくピンと来るものがありません。それに、以前、Elliが家族で紅葉の時に行ったというお山。そう、今回、我々が登ることとなった剣山ですが、そのとき、Elliが撮られたという紅葉写真

  20101016_tsurugisan_01

を見せていただいて・・・・・・   ずっとテンションはゼロ、というかマイナスでした。なんだかねぇ。「四国まで行って、それっ?」ってな感じで。。。。

 しかし、Elli の郷土愛を傷つけっぱなしにしておくのも、色々と得策ではありませんので、今回、意を決して四国登山に挑むこととなったのであります。(前振り長くてすみません)

20101016_tsurugisan_02  さて行程ですが、昨日、帰省中のElliを迎えついでに、Elliの両親と「いけす 太平洋」というお店で会食しました。新鮮な魚介類が驚くほど安いお値段で食べられるとても良いお店でした。

 Elli両親とお別れした後、徳島自動車道を西に走り美馬インターから国道438号線(国道というようりも酷道なので泣きながら走りました)で剣山の麓にある、「ラ・フォーレつるぎ山」剣山というお宿に向かいました。 チェックイン後、宿の周りを散策しました。あいにくと天気は曇り空で、剣山は霧の中ですが、宿の真ん前にある夫婦池(雄池)の水面からは蒸気が発生して幻想的な風景でした。

20101016_tsurugisan_04

20101016_tsurugisan_05  そして今日。 宿でお弁当も作ってもらい、いざ出発です。 

 登山口にあたる「見の越」からはリフトで登る楽ちんお手軽コースも選択できるのですが、リフトは9時から運行ということなので、リフトを待つくらいなら徒歩で登っていこうという殊勝な行動をとることにしました。(本当は、リフト台を節約したかったという悲しい懐事情もあるのですが・・・)まずは、剣山神社に安全祈願をして山道に入っていきました。

 歩いて登ったご褒美でしょうか、リフトの到着地点である西島に着くまでにこんな風景が・・・

20101016_tsurugisan_06

 遠く雲海の上に顔を出しているのが三嶺(みうね)です。素晴らしい景色でした。

    Elliよ、あんた、この前、一体何を撮って きたん?

 そうこうして歩いているうちにリフトの到着点(西島駅っていうんです。山って感じがないのですが・・・) そこから見える山肌

20101016_tsurugisan_07

 見事な紅葉を見ることができました。それでは、この後、山頂にたどり着くまでの写真をご覧下さい。

20101016_tsurugisan_08                  大剣神社の御塔石から次郎笈を臨む

20101016_tsurugisan_09                    もうすぐ山頂付近から丸笹山を臨む

20101016_tsurugisan_10                      山肌の紅葉も間近に

 そして・・・ 祝 登頂です。

20101016_tsurugisan_11a

 山頂も見晴らしばっちりでとても気持ちのいい場所です。 さぁ、それでは、お弁当を食べて下山と思いきや、Elli に言わせると、稜線伝いにお隣の山に行けるのだそうです。 確かに、隣の山がほぼ真横に見えています。

 ということで、この後、次郎笈に行くことにしました。

                                           PARTⅡにつづく

2010年10月14日 (木)

阿南 西方山

 Elli徳島帰省3日目。Elli母が風流にも俳句会などに出かけている間に、近ごろメタボ気味の父を運動させるべく、家のほど近くでプチ登山を決行することにいたしました その名も西方山 小高い丘のような山の頂には、その昔、戦国の世には近隣を統べる領主の城があり、現在はその裾野に徳島が世界に誇る大企業日亜化学が、日亜御殿と呼ばれる工場群を建立、我が世(?)を謳歌しています。夜になると、日亜が誇る青色LEDの電飾で、山肌に青い龍が浮かび上がり、非常にその存在が気になります
 その標高たるや、なんと堂々の11,400cm、つまり114m 冗談はさておき、登ったことのある人によると、急坂続きで、結構ハード。とはいうものの、麓の会社から昼休みに登る社員もいるとか。それなら、そう時間はかからないはず
 近くまで車を乗り付けると、さすがに大企業の裏山(?)です。近くの工場の敷地(しかし、日亜化学ではなく、隣の会社の敷地)の中に駐車場が完備されています 車を降り少し歩くと、西方山登山口の看板があり、新しく綺麗な丸太の階段が上へと続いています。よく整備されていますが勾配がきつく、運動不足のElli父などは、時々立ち止まって休んでいます。(こう書くとElliが父を無理やり引っ張り出したようですが、10年前には北アルプスの燕や白馬に登っていたのです。)
20101014_saihoyama  10~15分ほどで登りつめ、頂上の広場に出ると、そこには綺麗な木組みの展望台が 眼下に工場の敷地を見下ろし、田畑と家々の広がりの向こうに四国第2の河川、那賀川の流れとその河口、そして太平洋が広がっています しばらく休んでいると、おじさんが一人登ってきました。付近の方の、格好の運動場所になっているのですね。
 展望台には、無料の望遠鏡や、山の歴史を詳述したパンレットも完備しています。隣には、夜の青く発光する龍の正体、LEDで描かれた龍の頭が・・・さすが、大企業の公共心です。パンフによると、114mの高さに対し、階段565段。な るほど、急坂なはず ほどよい運動に、地域の歴史も少し勉強できた、故郷の昼下がりでした。

2010年10月13日 (水)

上勝浦 苔の山と棚田

 Takaの出張に合わせて、昨日から徳島に帰省したElli 両親と、上勝浦を訪ねました。上勝浦といえば、「葉っぱビジネス」 刺身のツマ等、日本料理の彩りに使われる葉っぱ類を特産化し、裕福になったお爺ちゃんお婆ちゃんで有名。また、「日本で最も美しい村」同盟にも加入している、自然豊かな山村でもあります。これまでも幾度となく訪れたことがありますが、今回は山犬嶽なる苔の名所に向かいました
20101013_yamainudake_01  集落を抜け、日本の棚田百選にも選ばれた「樫原の棚田」を上り詰めると、「山犬嶽登り口」の看板が立っています。看板の下に置いてある略地図と、何度となく来ている父の記憶を頼りに山道に入り、杉木立の中を上ること20分。杉林は落葉樹の森に変わり、木々の根元は緑色の苔をうっすらとまとい始めます。奥へ進むにつれて、苔の緑はふかふかと厚く、ツヤを増し、やがて見事な水苔の森が現れます。
 水苔の森には、木々の間をぬって、大きな岩が折り重なり、天然の迷宮のようです。その神秘的な空間に、いにしえの人々は仏の世界を感じたのでしょうか。山犬嶽には山頂の少し手前に東光寺という山寺があり、水苔の森は、このお寺の四国八十八カ所を縮小した霊場に見立てられ、縦横に小径が張り巡らされています。
 Elliの写真では伝えきれませんが、こんな所が関西にあったら、京都の西芳寺のごとく入場制限をしないと、たちまち苔が傷んでしまうのでは、と思ってしまうくらい見事です。

20101013_yamainudake_02 水苔の森を探勝し、山犬嶽への山道を下りると、日本の棚田百選の一つ、「樫原の棚田」が広がっています。輪島などと比べると小規模ながら、よくまとまった景観。稲刈りの終わった畦道にはススキが揺れ、秋を告げていました。
 

2010年10月11日 (月)

大台ヶ原 秋色

 10月3連休、最後の日。悪かったお天気も回復して、お出かけ日和のようです どこへ行こうかとニュースを見ると、日本海側はクマ多数出没 お天気予報も南側の方が確実に良さよう。というわけで、一年ぶりに大台ヶ原に行くことにしました。去年は9月半ばでしたが、今回は10月。現地の最新情報では、紅葉も始まっている様子。期待を胸に、早朝に家を出ます
 天気予報では、南ほど晴れ。大台ヶ原の三重側の直下にある日本有数の多雨地帯、尾鷲も快晴の予報。なのに、行く手はどんよりと雲に覆われています 空が曇りがちだと、気分も曇りがちになるTaka。案じたElli、「雲が多いし、途中で行き先をみたらい渓谷にでも変更する?」と熟慮の提案するも、「何ゆえそう弱気なのじゃ。予定変更せず、大台に行くのよ。」と、Takaにしては珍しく強気な言葉。
20101011_odaigahara_01  その心意気が通じたのか、橿原あたりまでどんよりしていた空が、明日香、吉野と南へ進むほどに青空が覗きはじめ、大迫ダムに差し掛かる頃には、急峻な山肌をもやが駆け上り、みるみる晴れ上がっていきます 大台ヶ原ドライブウェーに出ると、彼方に連なる大峯山系の頂に、雲の帯が掛かかっています。神秘的な山の朝。登山口の駐車場に到着すると、抜けるような青空が広がっていました。
 当初の予定では、昨年とは逆回りのルートで、シオカラ谷から廻って、正木峠を経て、午後に日出ヶ岳に出るつもりでした。正木峠から日出ヶ岳にかけて眼下に広がる熊野灘は、大台の東側にあたるため午後に順光となり、海が青く見えるのです しかし、朝の澄んだ光に照らされた、開放的な海と山の眺望へのいざないには勝てず、今回も去年と同じく、日出ヶ岳から廻ることにしました。
20101011_odaigahara_02  森へ入ると、朝日に透ける木々の葉は、すでに秋の色に染まり、黄色や朱に輝いています すすみ具合は、5分といったところでしょうか。木の階段を上り、大台ヶ原の最高地点、日出ヶ岳に出ると、熊野灘へと続く山並みや大峯の山々から、朝の雲の最後の名残か、うっすらと靄が立ち上っています。行く手の正木峠が、緑と朱と黄色の、錦の山容を現しています。

20101011_odaigahara_03
 

 峠へと登る木道の両脇では、シロヤシオが紅に染まっています。去年、9月にはなかった深い色合いです。峠からは、イトザサの原に広がる白く立ち枯れたトウヒの木立と、熊野灘の海の広々した眺め。

20101011_odaigahara_04

 緩やかな木道を下り、正木ヶ原のへと抜ける森に入ると、鹿の食害についての説明板があります 去年もお見受けした、森の木を食い枯らす鹿を「茶色の個体」と呼んでいる看板です。「茶色の個体が見たいよの~」とのたまうTaka。この看板を見て以来、(奈良にそう遠くない所に住んでいるので、鹿は見慣れているにもかかわらず)大台ヶ原で鹿を見るのがTakaの悲願(?)となっているのです でも、そんなに鹿がいるのか?森に張り巡らされた食害防止の金網が効を奏しているのか、我々、去年も、そして今日も今のところお目にかかっておりません。
 牛ヶ原で一服し、大蛇嵓へ。高所恐怖症のElliも去年ほど恐さを感じることなく、今回はかなり先端まで進み(それでも腰を下ろして前進ですが)、大峯山の深い緑を背に山水画のように突き出た岩の成す絶景に、臨むことが出来ました。紅葉が山腹まで下りてくると、大蛇嵓一帯は見事に染まるそう 一度、見てみたいものです。

20101011_odaigahara_05                  今年の大蛇嵓 ・・・紅葉はまだまだ

20101011_odaigahara_06                   周辺は鮮やかな紅葉なのですが・・・

 大蛇嵓から森の中へ戻り、シオカラ谷へ向かう分岐点に差し掛かったとき、後ろからガサゴソと藪を掻く音がします。振り向くと、茶色い毛むくじゃらの物体が。もしや、熊!?それにしては、すらりと伸びた首に脚。

 20101011_odaigahara_07 おお、これは、紛れもなく、鹿!「Taka、鹿よ、鹿!!」待望の「茶色の個体」の登場に、とっさにカメラを構え、お姿を納めていると、同じく近くを歩いていたおじさんが一眼レフを構え、こともあろうに鹿の真正面に回り、三脚を立て始めたではありませんか。「あぁっ!」と思った瞬間、鹿は驚いて踵を返し、森の奥深く逃げ込んでしまいました 後には、鹿に去られ呆然とするおじさんと、「おっさんのアホ~」と、声なき声で叫ぶTakaとElliが残されました
 何はともあれ、念願の「茶色の個体」に出会えたTaka。満ち足りて(?)、シオカラ谷を下りました。去年はつらかった下り坂も、今年は登山靴に守られ、楽々です。黄色く変わり始めた木の葉から、木漏れ日が心地よく注いでいます。輝くような彩りを纏い、同じ風景も、初めてのように瑞々しく、鮮やかに見えます。吊り橋のかかる渓流のほとりで昼食を食べ、今度は下りた分だけ登って、出発地の駐車場に戻りました。
 帰りは、脚の疲れを癒すべく上北山温泉 薬師湯に立ち寄り、夕食に柿の葉寿司と、「いざさ寿司」を購入。お店の名前「ゐざさ」の由来ともなっている笹寿司で、大台ヶ原で茶屋を営んでいた夫婦が、吉野の塩鮭を使った寿司を、大台の笹で巻いたのが始まりだそう。塩も酢も控えめの、素朴ながら上品な味でした。

20101011_odaigahara_08

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »